#1 机上の水着

今年は4年に一度の夏季オリンピックが北京で開催されることもあり、
オリンピック好きな方々はいつも以上に胸を躍らせていることでしょう。

各種目において代表選手の選出も行われつつあるこの状況で、
競泳の水着を巡る問題が巷を賑わせています。

そもそもの始まりは、今年に入り英国社製の水着を着用した選手たちが揃って世界記録を更新したことにあります。
全くの無名の選手が一躍、頂点に登りつめるまでに至ったからです。

競泳関係者を驚愕させたこの水着ですが、日本は契約の関係上この水着を着用することができず、
大会を目前にして着用の有無を巡り騒動になっています。


近代オリンピックの始まりはクーベルタン男爵が舵をとって誕生したもので、宗教祭として、
または都市国家の争いとして行われていた古代オリンピックを元にしています。

マチュアリズム*1を柱に形成されたこの祭典は、まもなく大衆化が進み、
競技自体も高度化されていき巨大な商業体に発展を遂げました。

人々の関心が高まると同時に欲求も増大、究極の世界に踏み入れるために選手を支える組織が拡大していき、
いまや選手個人での競技活動は不可能ともいえます。

「オリンピックで重要なことは、勝つことではなく参加すること。」
クーベルタンのこの考えは、オリンピックの発展とともにその意味は霞みつつあります。


商業主義の一端を担う有望な選手たち。
競技活動に対する巨大な支援と引き替えに、彼らは選択肢を奪われることになります。

企業側から見ると、他社の水着を着用を許可することは技術競争に負けたことを認めることであり、
市場への影響や選手たちへの投資が無駄になることを意味します。

選手側にとって許可が下りないことは、
結果を求められる立場に置かれながら、ジレンマに襲われることになります。


実戦で試せるわずかな期間、
3日に渡って行われた大会では15もの日本記録が新たに生まれました。

英国社製水着の着用に向けて動きが加速すると思われますが、
この水着を着用することによって、メダルや勝利へのプレッシャーは増すことでしょう。

あの選手が言うように水着は水着でしかなく、泳ぐのは人間です。
選手たちには自分の納得できる五輪になるよう、調整してもらいたい。

*1:物質的利益ではなく、純心に楽しみ、望ましい行動をすること