254 Steps

今回はいつのまにか終了してしまったDogme95(ドグマ95)を特集します。


Dogme95。
今ではデンマーク映画の代名詞となっているといっても過言ではありませんが、
その誕生にはこの国の映画事情が大きく関係しています。
デンマーク映画界には1920年代から60年代にかけて活躍したCarl Theodor Dreyer監督がいました。
現在でも多くの映画人から尊敬を集める監督ですが、
国内では彼以外の人材が乏しい状態が長らく続き、
映画作りの中心は児童用や教育用のものに留まっていました。
その後Gabriel AxelとBille Augustが国際映画祭で賞を獲得、
この国の映画界にも希望の光が射し込んだように思えました。


こうした機運を受けデンマークは1989年に映画製作システムを変更、
国内産業を盛り立てるべく映画製作の助成に乗り出します。
しかしこのシステムには問題点がありました。
それは助成を受ける条件として、
映画をデンマーク語で撮影するか、あるいは国内で撮影しなければならなかったことです。
これにより結果的には資金の調達が厳しくなり製作本数が減少、
自分の計画通り映画が撮れるのは大物に限られることになりました。


一方他国の映画に目を移すと70年代から続く映画の形式、
つまり現実を逸脱した過剰な描写や無意味なアクションに溢れていました。
それは90年代のCGの登場によって更に強化されることになります。
言語に関しても豊富な資金力を誇るハリウッドの影響で英語が圧倒的な支配力を示し、
評価を得る、地位を確立するためには英語制作である必要がありました。
そのため新たな映画製作の際には英語を選択する監督が多くいました。


こうした映画界の状況をLars von Trierは懐疑的に見ていました。
国に囚われた映画製作は時代遅れであり、
プロデューサーや出資者の意見に左右される映画は、
本来あるべき映画の姿ではないと。
そこで彼はThomas Vinterbergと共に映画作りを見つめ直し、
1995年パリで開催された映画誕生1世紀を祝うイベントで、
Dogme95の姿勢を示した宣誓書をばらまきました。

  • 「純潔の誓い」
    • 撮影はすべてロケーション撮影によること。スタジオのセット撮影を禁じる。
    • 映像と関係のないところで作られた音(効果音など)をのせてはならない。
    • カメラは必ず手持ちによること。
    • 映画はカラーであること。照明効果は禁止。
    • 光学合成やフィルターを禁止する。
    • 表面的なアクションは許されない(殺人、武器などは起きてはならない)。
    • 時間的、地理的な乖離は許されない
    • ジャンル映画を禁止する。
    • 最終的なフォーマットは35mmフィルムであること。
    • 監督の名前はスタッフロールなどにクレジットしてはいけない。


この精神を元に『Festen』や『Idioterne』が制作され、
1998年以降作品やDogme95に国際的な評価が集まりだします。
そして2000年に『Dancer in the Dark』がカンヌ国際映画祭パルム・ドールを獲得、
Dogme95が映画界に認められた瞬間となりました。
しかしその一方ではこの運動が衰退するきっかけにもなりました。


まずDogme95の機能的な問題点として、
純潔の誓いをすべて実行しなくてもDogme作品と名乗れること、
宣誓するほど特別なことは書かれていないこと等があります。
またこの運動そのものを否定する人は、
無名監督が資金もなく仕方なしに撮った映画にはよくある画であり、
結局この宣誓は話題作り・売名行為なのではないか。
カメラが被写体に寄り添い現実性を高めるあまりに、
第三の視点が不在となり恣意的な作品となっていると批判します。


Lars von Trier監督もこれは単なる運動・姿勢でしかないと認め、
Dogme95で何作も撮影するのはおかしいと語っています。
そして自身も賞を獲得して有名になったことで選択肢が増加したため、
以前よりも多額の資金を投じた作品も撮影できるようになりました。
また彼が注目を浴びることでデンマーク映画界への関心が増え、
今ではLone ScherfigやSusanne Bierといった監督が国際的な地位を得ています。


結局Dogme95から監督へと映画界の注目が移ることでブームも減速、
2005年に組織は解散して2008年にはHPも消えてしまいました。
1998年のこの運動の第一号作品『Festen』から始まり、
最終的にDogme95と認定されたものは254作品以上をあるとされています。


ジャンルを否定しながらDogme95自体がジャンルとなってしまったこと。
デンマーク映画」を撮りたくなかった監督の運動が、
今では「デンマーク映画」と認識されているというこの皮肉ぶり。
結局Dogme95とは何だったのか?
おそらく、たぶん、彼がDogme95を通して言いたかったことは、
『Chacun son cinéma(それぞれのシネマ)』内の『Occupations(職業)』
で描かれているようなことなのかもしれません。